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記録用

考えたことの集積場

頭を使うということ

頭を使うということ」についていろいろ考えたので、書こうと思います。

私は昨日16日、クックパッドさんのキッチンラウンジにて開催されたUXの基礎講座で、グラフィックレコーディングをさせていただきました。講師は浅野先生です。HCD-Netに引き続き、大変お世話になりました。

まず、「頭を使うこと」と「」の話から。
上記の講座の会場にいらっしゃった方の中には、隅で女子大生3人がヒソヒソ話しつつ本や資料を床にばらばら広げている姿を横目に見た方もいるのではないかと思います。実は、講座のタイトルでもある「UXのきほん」をできる限り事前に自分たちで理解してグラレコへ役立てようと、三者三様に必死に本を読んで勉強して臨んでいました。
私は本を読むのは好きです。しかし、勉強として本を読むことはとても苦手です。これを言うと「わからない」と言われることもあるのですが、「読者が内容理解がしやすいように心がけた小説のような文章」が苦手なのではなく、「読者が思考して内容理解へ歩み寄らなければならない勉強のための文章」が苦手なのです。
要は、頭を使って内容を理解することを、普段からいかに行っていないかがここで出ている、というわけです。多分。

話が飛び飛びになりますが、人の話を聞くときのメモも同じことではないでしょうか。
メモを取るときって、いろいろパターンがあります。料理番組のレシピや分量、講義で先生が反復した言葉、誰かにインタビューした会話内容、会社説明会の人事の人のお話、などなど。これらを分けるとしたら、以下の二つになると思います。

自分が一方的に聞く立場のメモ
自分と相手が会話をするときのメモ

①は膨大な情報の中で、「忘れたくないこと」を手元に書き留めるメモです。料理番組や講義がこれです。あとから必要なときに見返して、役立てるものです。
②もやはり「忘れたくないこと」を書き留めるものですが、それだけでは足りません。「会社説明会でのメモ」を想像すればなんとなくわかるかと思うのですが、人の話を聞いた後に質問をしなければならないんですよね。それは自分があとから「聞いとけばよかった!」と後悔しない為でもあり、相手へ興味を持って聞いていますよ、という一種の意思表示でもある…。
この「会話をするときのメモ」では、3つのことを同時に行っています。
相手の話を聞くこと、忘れたくないことを書き留めること、更に「メモした内容について思考し、ナゼ?と思うこと」です。
「興味を持って話を聞いているのに、質問がうまく浮かばない!」「聞いているときは理解した気分になるのに、あとから考えたら全然わかってない!」という事態は、おそらく3つめが足りないのではないでしょうか。
そして3つめの要素は、上で挙げた「頭を使って内容を理解すること」が該当します。
つまり、頭を使って内容を理解することをせず、①と同じようにメモをとっているから、ナゼ?が浮かばず会話に繋がらないのでは、と考えています。
そして私は、本を読むことと同じように、やはり「質問が浮かばない!」という事態に延々と苦しみ続けていました。

さて、ここで冒頭のグラフィックレコーディングに話が戻ります。
今回のように様々な人がいる場所でグラレコを行うと、「グラレコってどうやるの?」と聞かれることがしばしばあります。私はそのときにいつも「模造紙に書く方法」を答えているのですが、元を辿れば二種類のメモと仕組みは同じです。
①のメモは今回クックパッドさんで行った議事録的なグラレコです。先生の話を聞いて、「忘れたくないこと」を書き取ります。
②のメモは恐らくグラフィックファシリテーション寄りだと思います。もしくは、グラレコ全体の仕上がりを管理するディレクション役。
人々が話しあう会話を聞いて、要所を書き取って、話し合いの流れと目的とのずれなどを考えて行うファシリテーション。人の話を聞いて、どこが要所なのか、見る側にとってどんな情報が見易いといいのか、それに沿った画面になっているかなどを常に平行して考えてグラレコを整えていくディレクション。これらもやはり、会議に対しての理解しようとする思考を大量に使わなければできません。
ここへ来て案の定、私はファシリテーションも苦手です。全体を考え、流れを読み、どこがポイントだったのか、どの会話が重要だったのか、どこを補助してあげれば会議が活性化するのか、などを模造紙へ書き出しながら判断してまとめていけるほど考えることを訓練できていません。

以上をまとめると、私が「できない」「難しい」と言い続けていたことは、すべて「頭を使って理解しようと意識すること」の欠如が原因だったのかもしれない…と気がつき、がっつり衝撃を受けました。情けない!!

今回の講座では、浅野先生から事前に「耳の穴から血が出るくらい考えておいで。」と仰って頂き、頭を振り絞って赴いたつもりでした。本当につもり、だけだったのだなあとこの記事を書きながら実感しています。
しかしながら、考え方というのは「意識してると、そのうち慣れる。」これも浅野先生の言葉でした。
本を読む時に、書いてある文章を鵜呑みにしようとして混乱するのではなく、一度自分の中で分解してみて、理解に繋げる。と書くとなんだか難しいのですが、とにかく理解しようと全体の文脈を追ってみる。
人の話を聞く時のメモも然り、そう考えれば「頭をつかうこと」の訓練はとても身近からできることです。

できないできないと言うのではなく、できないことを並べて砕いて原因を探る。
そうすれば改善点が見えてくる。あとは実践するかしないかです。
もちろん、します。